思い出の鐘の下で ニコラ編
(0コメント)![]() | イツキ君へ。伝えたいことがあるから、手紙を書くことにしました。 覚えてる? 初めての夜間実習で魔物からアタシを助けてくれた時のこと。 怖くて泣くことしか出来ないアタシは、あの時のイツキ君をみて、このままじゃダメだって思ったんだ。 遊んでばっかで何も出来なかったアタシを変えてくれたのはイツキ君なんだ。 憧れの人がそこにいるから、アタシは生徒会に入った。死ぬほど努力してグリングラードにも入った。 みんなアタシを努力家だっていうけど、アタシはただ、イツキ君の側にいたかっただけなんだよ。 ホントは直接伝えられたらよかったんだけど、どうしても言えなかったんだ。 イツキ君、好きです。 |
<思い出の鐘の下で ニコラ編>
イツキはひとり、夕暮れの中庭を歩いていた。 | ||
均等に敷き詰められた石畳を進む音が、彼の耳に響いてくる。 | ||
…………。 | ![]() | |
穏やかな風が頬を撫で上げ、ふと彼は足を止めた。 | ||
視線の先には、ツタの這う鐘楼が見える。 | ||
深い目的があったわけではないが、イツキはあそこまで歩こう、と思っていた。 | ||
これから起こるであろう事柄や、これまでのことから目を背けたわけではない。 | ||
あるいは……。 | ||
もう二度と見られないかもしれないこと景色を、心に焼きつけておこうと考えたのかもしれない。 | ||
イツキは小さくかぶりを振って、再び歩き出した。 | ||
鐘楼の前に辿り着いたイツキは、人影を見て立ち止まった。 | ||
……誰かいるのか? | ![]() | |
![]() | あれ? い、イツキ君? | |
そこにいたのはニコラだった。 | ||
イツキも驚きを隠しきれず、目を見開いてしまう。 | ||
ニコラ、どうしてこんなところに……。 | ![]() | |
![]() | え、えーっと……えと……その……。 | |
ニコラは、イツキと地面を交互に見やって、でもやっぱり顔を伏せた。 | ||
どうしたんだ? | ![]() | |
![]() | ……う、ううん、あの、なんでも。 | |
なんでもないのに、そんなに慌てるだろうか? とイツキは首を傾げた。 | ||
![]() | ね、ねえ、イツキ君。 | |
ん? | ![]() | |
![]() | イツキ君はどうしてここに? | |
……うーん、鐘楼が見えたから何となく、かな。 | ![]() | |
次にいつ見られるとも限らないから、とは口にしなかった。 | ||
![]() | ……そっか。何となく。 | |
ぼんやりと口にするニコラの表情は、何故だか暗い。 | ||
…………。 | ![]() | |
イツキは少し悩んで、 | ||
俺さ、今でもまだすごく不安で。 | ![]() | |
そう口にした。 | ||
逃げ出したいと思うし、振り返りそうにもなるんだよな、やっぱり。 | ![]() | |
![]() | イツキ君……? | |
でも、俺たちがやらなきゃな。みんなのためにもさ。 | ![]() | |
![]() | でもアタシ、怖くて……。 | |
![]() | 考えないようにしてるのに、足も震えてきて、どんどん不安になってくるの……。 | |
![]() | このまま戻れるのかな? 学園はどうなるのかな? それにもっとほかにも……。 | |
ニコラが、堰を切ったように喋りだす。 | ||
不安と焦燥を抑えることができず、まるで小さな子どものように感情を吐露した。 | ||
……ニコラ。 | ![]() | |
![]() | イツキ君──! あ、アタシ……っ! | |
うわっ……!? | ![]() | |
ぎゅっと服を掴まれ、イツキは少しだけバランスを崩した。 | ||
……大丈夫か? ニコラ。 | ![]() | |
![]() | アタシ、どうしたらいいかわからなくて……。 | |
……ああ。 | ![]() | |
![]() | みんなのためにも、アタシたちのためにも……頑張らなきゃいけないのに……。 | |
わかるよ。 | ![]() | |
目にいっぱいの涙をためたニコラを前に、できるだけ優しく語りかけるイツキ。 | ||
ニコラがいつも頑張っていたことも、どうしたいのかもわかるからこそ……。 | ||
イツキは多くを語ることをしなかった。 | ||
かわりに、彼女の頭にぽんっと手を置く。 | ||
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……イツキ君。 | ||
大丈夫。 | ||
……うん。 | ||
俺たちは、俺たちのするべきことをするだけなんだ。 そのためには、無茶を言うけどニコラの力が必要だし、いてくれたら俺も心強い。 | ||
……イツキ君、あ、アタシ……! | ||
……ん? | ||
決意に満ちたニコラの瞳。 | ||
イツキは首を傾げた。 | ||
あ、あの……ええっと……。 | ||
視線がぶつかると、ニコラは唇を震わせて、ついで視線を泳がせた。 | ||
どうしたんだ? | ||
そ、その……えと、あの……あの……。 | ||
……い、イツキ君。 | ||
うん、どうした? | ||
……や、優しいね。 | ||
そうか? | ||
ニコラがイツキの胸に頭をごん、と押し当てる。 | ||
……本当に優しい。 | ||
…………。 | ||
よし。うん、わかった。アタシ、頑張るよ。 | ||
しばらくして意気込んだニコラが、さっきとは違った力強い瞳でイツキを見た。 | ||
もちろん。ニコラがいてくれたら心強い。さあ、行こうぜ! |
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